劇場街トップへサリエリをたずねる旅 
 Travel
bar

映画『アマデウス』で知名度があがった作曲家アントニオ・サリエリ。

ロック・ミュージカル『モーツァルト』にも登場します。

ウサリエリの足跡を訪ねてみました。ウィーンが中心です。

『モーツァルト』の旅も記載していますので、こちらもご参照ください。

サリエリとモーツァルトは縁が深いため、紹介場所が多々重複しております。

ご了承ください。




ヴェネツィア

 サリエリは、イタリア レニャーゴ生まれ。

親は音楽家ではなく、モーツァルトのように環境に恵まれているわけではありませんでした。

レニャーゴを出た後、パドヴァ、ヴェネツィアに住んでいましたとのことですが、具体的にどの建物に住んでいたかまでは、管理人は調べきれませんでした。

ヴェネツィア

 サリエリの家

サリエリの家

 ウィーンを歩いていたら偶然見つけたサリエリの家。
シュテファン寺院のすぐ近くにあります。

となりはヴェルディが住んでいた家ですが、時代が違います。


サリエリ

シェーンブルン宮殿

 美しい泉という宮殿には、至る所に噴水があります。
宮廷楽長だったサリエリは度々シェーンブルン宮殿で演奏を行いました。

シェーンブルン宮殿

スカラ座 スカラ座

 今も昔も、オペラ劇場の最高峰に輝き続けるイタリア・ミラノのスカラ座。1778年3月8日、サリエリ作『見出されたエウローパ』で開場しました。

パリ・オペラ座

 1784年パリ・オペラ座で上演された『ダナオスの娘たち』がサリエリで最も成功した作品とされています。
個人的には、『見いだされたエウローパ』の方が知名度がある気がしますが・・・。
写真は現在のオペラ座(ガルニエ宮)で、当時とは建物も場所も異なります。

パリ オペラ座
オランジュリー シェーンブルン宮殿のオランジュリー

 1786年2月7日、シェーンブルンの一角にあるオランジェリーでサリエリはオペラを、モーツァルトは3日間で完成させた『劇場支配人』を演奏した。
アンディア・ウィーン劇場

 1791年 モーツァルト作『魔笛』が初演された劇場です。
サリエリは、初日に愛人と共にやってきて、絶賛したとモーツァルトが書き残しています。この一文だけでも、かなり『アマデウス』とはイメージが異なります。
アン・ディア・ウィーン劇場
モーツァルト最後の家 モーツァルト最後の家

 モーツァルト最後の家。
幾度もサリエリが訪ねてきたと言われています
サリエリの家から徒歩圏内です。
モーツァルト最後の家の前

 モーツァルト最後の家の前にまっすぐ伸びる道です。
『アマデウス』でサリエリが夜な夜なレクイエムの催促に来ていたのはこの道ですね。
モーツァルト最後の家の前

シュテファン寺院

シュテファン寺院

 1791年 サリエリはモーツァルトの葬儀に出席しました。しかしそ、こには、モーツァルトの妻コンスタンツェの姿はありませんでした。

楽友協会ホール

 1817年、サリエリのウィーン楽友協会音楽院の指導者に就任しました。

楽友協会ホール

黄金のホール

黄金のホール

 ニューイヤーコンサートで有名な黄金のホールをサリエリが設計しました。現在の建物は、フランツ・ヨーゼフ時代に建てられたものなので、サリエリが直接設計したものとは違う・・・はずです。

病理・解剖学博物館

 サリエリが晩年入院していた病院がそのまま残っています。
現在はウィーン大学の敷地内となっています。

現在は病理・解剖学博物館となっていて、内部見学も可能ですが、展示物はホルマリン漬けの人体ですので、ご注意を。

病理・解剖学博物館

 

 サリエリの墓は、ウィーン近くの中央墓地にあるそうなので、いつか行ってみたいですね。
 

《劇場街トップページへ》 《演劇の旅一覧へ》