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マリー・アントワネット
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黄金の馬車のゆくえ


フランス

 

オペラ座
 

旧オペラ座

 マリー・アントワネットとフェルゼンが仮面舞踏会でであった場所。
パレ・ロワイヤルに隣接しています。現在は、コメディー・フランセーズの劇場となっています。
その後、オペラ座は転々とし、最終的に現在の場所になりました。

オデオン座

 ルイ16世とマリー・アントワネットの臨席のもと会場した劇場です。一度消失していますので、現在の建物は、当時のものではありません。リュクサンブール宮殿とは背中合わせ。
 
 

オデオン座


パレ・ロワイヤル


 

パレ・ロワイヤル

 オルレアン公の居城。
ベルばらでは、黒い騎士を追ったオスカルが捕らえられてしまった場所です。
オルレアン公がいた当時から、中のアーケードーはお店や、大変にぎわっていたそうです。
現在は、とっても静か。古い勲章やメダルを売るお店、ドラゴンや騎士のおもちゃを売るお店があります。当時の面影を残すここは『時間の止まった場所』とも言われています。

バスティーユ監獄跡

 フランス革命の口火を切ったバスティーユ監獄。
オスカルがなくなったのはこの広場。
現在は、革命記念のモニュメントが建っています。

リュクサンブール公園

リュクサンブール宮殿

 ルイ16世一家が一番最初に幽閉された場所。
すでに古い城だったとはいえ、ハプスブルクの宮殿。
ここに幽閉されていた時点では、望むものが手に入り、一応は国王として扱われていたという。

パリ最高裁判所

 最高裁判所の前の広場は、首飾り事件の首謀者ラ・モット夫人が焼印を押された場所です。
『マリー・アントワネット』では、マルグリッドが首飾り事件に勝利し、扉から姿を現すのがここです。
中は公開されていて、誰でも入ることが出来ます。
何しろ現役の裁判所です。うっかり裁判中のフロアで警察官に呼び止められたりします。運がよければ、黒い法衣を着た昔のままの裁判官の姿を見ることができます。
貴重な部屋もあるそうなのですが、案内板もなにもありません。
迷うこと間違いなし。

最高裁判所
 
 

チュイルリー宮殿
 
 

チュイルリー公園

 ルーブル美術館の隣。
かつてここにあったチュイルリー宮殿に、ルイ16世一家は幽閉されていました。
『ベルばら』では、アンドレが死んだ場所がチュイルリーとなっています。

コンシェルジュリー

 マリー・アントワネットが最後に幽閉された牢獄。
シテ島の最高裁判所の隣です。
マリー・アントワネットが投獄されていた窓には、MAと描かれているそうですが、うーーーん、どこでしょう?
ラ・モット夫人もここに投獄されました。『マリー・アントワネット』の原作では、シスター・アニエスが、ラ・モット夫人の脱獄の手引きをしています。

コンシェルジュリー
 
 

コンシェルジュリー内部
 
 

マリー・アントワネットの独房

 コンシェルジュリーの中に、マリー・アントワネットが幽閉されていた時の様子が再現されています。
部屋にあるのは、机、十字架、ベッドのみ。
常に見張りがいたようです。

他の部屋も人形が置かれていて、かなり不気味です。

サン・トノレ通り

当時も現在も、高級ブランドが軒を連ねる通りです。
マリー・アントワネットが、かつては、オペラ座へと豪華な馬車に乗って通い、最後は、断頭台へと通った通り。

サン・トノレ街
 
 

コンコルド広場
 
 

コンコルド広場

 旧革命広場。
マリー・アントワネットはこの広場のセーヌ川寄りの場所で処刑されました。
『マリー・アントワネット』の原作ではアニエスもここで処刑されています。オベリスクの前にたくさんの白いアームがありますが、これは7月14日パリ祭(革命記念)
の準備のためです。
オベリスクにマリー・アントワネットを処刑したプレートがるのですが、
2回ともパリ祭直前に行ったため、プレートを見ることができませんでした。

シャルトルの大聖堂

 世界遺産になっていて、シャルトルブルーと呼ばれるステンドグラスが有名です。
ですが・・・目を引いたのが、聖母の被昇天像の足元にあるマリー・アントワネット(と思われる)の紋章。聖堂内のあちこちにあしらわれています。
内部で大聖堂の説明書にもネット上にも、マリー・アントワネットと大聖堂の関わりが全く紹介されていなくてわかりませんでした。
そういえば、原作にはシャルトル公が出てきますね。

マリー・アントワネットの紋章

シャルトル



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