〜 音楽家ゆかりの地を巡る 〜

以下の音楽家は別の専用ページがあるためリンク先をご参照ください。

 ヴォルフガン グ・アマデウス・モーツァルト

 ラルフ・ベナツキー

 アントニオ・サリエリ

■ フランツ・シューベルト

エディット・ピアフ

エディット・ピアフ
        

 シャンソン歌手ピアフのお墓です。
場所は、パリ近郊のペール・ラシューズ墓地。
ピアフの映画が公開直後だったためか、訪れている人も多かったです。
独特の声が魅力的だったピアフ。
越路吹雪さんに大きく影響を与えた人です。

ロッシーニ
          
 ロッシーニのお墓。
ペール・ラシューズ墓地にあります。
大変広い墓地ですが、ロッシーニのお墓は正面入り口からまっすぐ続く道にあり、お墓も大きいので見つけやすいです。

ロッシーニのお墓

ショパン

ショパンのレリーフ
        

 
ウィーンのコークマルクト通りにあります。
大きな通りではありませんが、ごく普通のお店の間にあるので、
見逃してしまうかもしれません。
ショパンのレリーフは、実物とは似ても似つかないと か・・・。

カラヤンの生家

 クラッシックの帝王カラヤンの生家はザルツブルクにあります。
カラヤンの家は、息子のためにオーケストラを買い取ったそうで・・・
どんだけお金あったんでしょうね。
余談ですが、『サウンド・オブ・ミュージック』の三女マリアと同じ音楽学校で同じ教師に教わっていたそうです。
内部は公開されていません。
夜、あちこちに電気がついていたので、住んでいるようです。

カラヤンの生家

カラヤン

カラヤン生家のプレート

 生家のドアの上にあるプレート。
生家の通りを挟んだ隣は、州立歌劇場。
州立歌劇場の広場に面してモーツァルトが少年時代をすごした家があります。
カラヤンの像

ザルツブルクのカラヤンの生家の庭にある像。
柵越しにみることができます。

(余談)前回夜の写真で写りがわるかったため、
 今回はきちんと昼に写真をとりました・・・
カラヤンの像
カラヤンのプレート カラヤンのプレート

ウィーンの楽友協会ホール近くにあります。
カラヤンのサインって、ごちゃごちゃしていますね。
ウィーンにはあちこちにこのようなプレートがあるので、
知っている音楽家を探してみるのも楽しいです。

ヨハン・シュトラウス

 ウィーン黄金に輝くヨハン・シュトラウス像。
ウィーン市立公園の中で最も有名な像です。
シュトラウスなくして、ウィーナーワルツなし。

シュトラウス

ヴェラルドミン・カレルジ
ワーグナーの滞在した館

 ヴェネツィアのヴェラドラミン・カレルジは、ワーグナーが最後の時を過ごした場所です。
ワーグナーはヴェネツィアが好きで度々訪れていました。
現在この建物は、カジノになっています。
ワーグナーのプレート

 ワーグナーがヴェラドライン・カレルジに滞在したことを示す碑です。
カジノ脇の大運河に面した壁にあります。
比較的新しいものらしく綺麗な状態です。

ワーグナーの碑
ラ・ヴェッロ
ワーグナーが過ごしたラヴェッロ

 ワーグナーは、イタリアのラヴェッロに滞在して、『パルシファル』や『ペール・ギュント』を着想を得たといわれています。
本当に美しい場所です。

ワーグナー

 ドイツのヴァイエルンにあるホーエンシュバンガウ城。
内部にワーグナーが引いたピアノが展示されているということですが、
私は中に入っていないので見ていないです。
次回はぜひ見たいと思っています。
ホーエンシュヴァンガウ城
ロベルト・シューマン
ロベルト・シューマンの像

ドレスデンのゼンパー・オーパーの裏手に、
シューマンの像があります。
シューマンは、1844年から6年間ドレスデンに住んでいました。

ロベルト・シューマンが学んだ大学

 シューマンは、ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク(現在のハイデルベルク大学)で法学を学びました。
ハイデルベルク大学
バッハの像
バッハの像

 ワイマールのヨハン・ゼバスチャン・バッハ像は、
マルクトの近くにあります。

バッハのプレート

 ワイマールのバッハの家は、エレファント・ホテルの隣のあたりに澄んでいたそうですが、現在は何もなく、壁にこのプレートが 掲げられています。
二人の息子が生まれたことが記されています。

バッハのプレート
フェリックス・メンデルスゾーンの石碑
メンデルスゾーンの石碑

 ベルリン ポツダム広場に近いメンデルスゾーン・バルトルディ公園に、
メンデルスゾーンの石碑があります。
残念ながら、石碑にはスプレーで落書きが。
顔もあまり似ていない気がします。
ギリシャ人ぽい。
メンデルスゾーン・バルトルディ公園

 メンデルスゾーン・バルトルディ公園は、
都会の中のオアシスのような存在です。
緑豊かで、うさぎの姿も見かけました。
メンデルスゾーン・バルトルディ公園
メンデルスゾーン・バルトルディ公園駅
メンデルスゾーン・バルトルディ公園駅

 メンデルスゾーン・バルトルディ公園駅。
こちらにメンデルスゾーンの像があるそうですが、
見逃してしまいました。
オーレ・ブル(1801年 −1880年)

 ノルウェーのベルゲン出身で、ヴァイオリン奏者および作曲家。
欧州とアメリカで活躍しましたが、
その曲はほとんど残っていないそうです。
オーレ・ブルが現在でも有名なのは、彼の功績ではなく彼をモデルにした戯曲「ペール・ギュント」によってでしょう。

写真の像は、ベルゲン劇場の前の広場にある噴水の上に立っています。
OLE BULL
グリーグ
グリーグ(1843年- 1907年)

 ノルウェーを代表する作曲家グリーグは、ベルゲンの出身。生家は博物館となりコンサートも開からているのですが、
町の中心部から少々離れていたのと時間がないので行くことができませんでした。
ベルゲンの中心部にはグリーグホールという名前の近代的な大きなコンサートホールもあります。

日本で最も有名な曲は、「ペール・ギュント」の朝。
ミヒャイル・ハイドン(1737-1806) シュテファン寺院

 単にハイドンと言った場合、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンのことを指す。ミヒャエルは彼の弟ですが、ミヒャエルも著名な作曲家です。
また、作曲家ウェーバーの師でもあります。
シュテファン寺院
ハイドンの家
ミヒャイル・ハイドンの家

ザルツブルクのホーエンザルツブルク城へのケーブルカー乗り場の隣がハイドンの晩年の家。
前の通りは、観光客であふれていますが、ハイドンの家に目を留める人は少ないです。(私も偶然気づきました)

ハイドンの家を示すプレート
ミヒャエル・ハイドン ザルツブルク・レジデンツ

ザルツブルグでは、大司教ジギスムント3世の宮廷音楽家を務めました。写真は大司教の居城です。
モーツァルトが多々演奏した場所としても知れています。
ザルツブルクのレジデンツ
聖三位一体教会
ミヒャエル・ハイドン 聖三位一体教会

ミヒャエル・ハイドンは、ザルツブルグの聖三位一体教会のオルガニストを務めました。
ミヒャエル・ハイドン ザルツブルク大聖堂

  ミヒャエル・ハイドンは、ザルツブルク大聖堂のオルガニストとして、W・A・モーツァルトの後任を務めました。
ザルツブルク大聖堂
ハイドンの墓
ミヒャエル・ハイドンの墓

 ザルツブルクのザンクト・ペーター墓地に、W・A・モーツァルトの姉ナンネールと共に眠っています。
二人は信仰が深かったそうです。
私は見られなかったのですが、頭がい骨は教会内にあるそうです。

 

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