モーツァルト!
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シェーンブルン宮殿
厳密にはウィーンではありませんが、1762年10月13日モーツァルトがマリア・テレジアの前で演奏した宮殿。
モーツァルトは、演奏後マリア・テレジアのお膝に飛び乗りお行儀よくキスをしたとレオポルドの手紙に書かれています。
モーツァルトが、マリー・アントワネットに求婚したエピソードも有名です。
宮殿内にマリア・テレジアの婚礼晩餐会の絵画があります。その招待客の中に幼いモーツァルトの姿が描かれています。本当は、出席していなかったのですが、絵が描かれたときには、モーツァルトの名前は知れ渡り、絵画の中に登場したそうです。
アウエルスペルク宮殿
1762年10月13日シェーンブルン宮殿での御前演奏後、モーツァルト姉弟は、アウエルスペルク宮殿で演奏会を開きました。
また、1767年3月13日には、オペラ『イドメネオ』が試演されました。
演奏会会場
宮殿内の演奏会会場。
現在も観光客向けの演奏会が開かれており、モーツァルトやシューベルトなどの室内楽を気軽に楽しむことができます。
カール教会
1762年11月4日、ヴォルフガングはレオポルドに連れられて初めてウィーンを散歩しました。
その時、訪れたのがカール教会です。その後、現在の国会議事堂や市庁舎の裏手あたりを散歩しました。
そのあたりは、当時の面影は残っていません。
ドイツ(ドイチュ)館
1781年3月16日~5月2日までヴォルフガングがコロレド大司教、アルコ伯爵らとともに滞在したドイツ館。ここが息苦しくなり、ウェーバー一家の家に転がり込んだのは、ミュージカルにある通りです。
地図には大抵、ドイツ騎士団教会と記載されています。
ステファン寺院の南を横切るジンガー通りにあります。
プラター公園
コンスタンツェと再会したプラター公園。
このエピソードは劇中の創作ですが、モーツァルトも度々この公園に来たと言われています。
プラター公園といえば、この観覧車。
映画『第三の男』に出てきます。
とても広い公園で、絶叫マシン、森林公園、サイクリングロードなどがあります。
神の目館
ドイツ館を出たモーツァルトは、ウェバー一家が営む神の目館に転がりこんだ。1781年5月2日~9月まで滞在しまた。
聖ペーター教会の直ぐ前にあります。上記ドイツ館とも離れておらず。徒歩10分程度です。
建て替えられいるので、モーツァルト時代の建物ではありません。
アム・グラーベンの家
1781年9月5日~1782年8月2日 レオポルドの要望により、ウェバー一家からでて移り住んだ家です。
シュテファン寺院
1782年8月4日
ヴォルフガングとコンスタンツェはステファン寺院で結婚式を挙げました。
コールマルクトの家
1783年2月~4月まで、「コールマルクトの家」に移り住みました。貧相な部屋だったということです。
デメルがある通りで、当時はブルク劇場が目と鼻の先にありました。
モーツァルトハウス・ウィーン
1784年9月29日に、モーツァルト一家が、この家に引っ越してきました。モーツァルトが最も裕福であった時期で、建物内には豪華な天井装飾がそのまま残されています。
現在は、モーツァルトの博物館になっています。
この家は『フィガロの結婚』を書いた家で、通称『フィガロ・ハウス』と呼ばれています。
ミュージカルでコンスタンツェが『フィガロの結婚』の成功のお祝いをしようと待ち浴びていたのはこの家のシーンです。
ブルク劇場
ブルク劇場跡地
1786年5月1日、『コシ・ファン・トゥテ』1790年の初演は、旧ブルク劇場でした。劇場は、王宮前のミヒャエル広場にありました。写真左側の建物の辺りがブルク劇場があった場所です。
王宮のすぐ前に位置していました。
ブルク劇場
現在のブルク劇場です。
リング通り沿いにあります。旧ブルク劇場からすぐ近くです。
とても美しい劇場です。
フランツ・ヨーゼフ1世時代に作られました。
宮廷劇場
ウィーン国立歌劇場
宮廷劇場は、現在の国立歌劇場前身です。。
1970年宮廷劇場で、モーツァルトのオペラ『コシ・ファン・トゥテ』が上演されました。
ウィーン国立歌劇場のモーツァルト像
国立歌劇場、正面2階のホワイエに、モーツァルトの像があります。
宮廷劇場跡地
モーツァルト時代、宮廷劇場は現在のホテル・ザッハーの場所にありました。
フランツ・ヨーゼフ時代にリンク通りができて、リンク通りに面するように、前に出たのです。
宮廷劇場の跡に、ザッハー。ブルク劇場の跡にデメルがあるんです。こんなところでも、2店はライバル。
トラットナーホフ
1784年1月23日から9月29日まで、ヴォルフガングはグラーベン通りにあるトラットナーホフの4階に住んでいました。
シュテファン寺院から直ぐ。神の眼館からも直ぐです。
ペスト記念塔
グラーベン通りのペスト記念柱は、1686年に建てられたそうなので、ヴォルフガングがトラットナーホフ住んでいた時にはすでに存在していました。
ペストの終息を記念して造られたもので、ヴォルフガングも毎日のように目にしていたことでしょう。
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