レ・ミゼラブル
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第一部~第二部
第三部
第四部
第五部
番外編
地図と旅の手帳
ジャン・バルジャンの
世界を追う
物語順に写真を並べました。
観光した順になっていません。
第一部(ファンティーヌ) ~ 第二部(コゼット)
ツーロン
ツーロン市役所の施工している際、人像柱が倒れてきた。ジャン・バルジャンは、一人でその人像柱を支えた。
ツーロン市役所ちゃんと実在し、人像柱も実在します。
私はツーロンにいっていないので、道路標識と観光看板を届けします
オピタル街
幼いコゼットを連れたバルジャンは、オピタル街のパリ中心から離れた寂しい一角にあるゴルボー屋敷に住んだ。
とても広く長い通りです。ゴルボー屋敷は左手にあったようです。
サン・メダール教会
バルジャンはいつもサン・メダール教会の井戸に座っている会堂守に施しをしていた。ある日その会堂守の姿がジャベールに見えた。
小さな教会です。中に入ることは出来ません。
井戸は見つかりませんでした。
教会の前には市が出ていました。
オステルリッツ橋
ジャベールに追われたバルジャンは、幼いコゼットの手引いて荷車に隠れて橋を渡った。
振り返ると、三人の男の影が立っていた。
原作の挿絵と同じになるように写真を撮ろうと試みたのですが、脚立に乗らないと無理みたいです。
トゥルヌフォール通りとロモン通りの交差点
ジャベール等に追われたバルジャンは、Y字に差し掛かった。
『レ・ミゼラブル百六景』によると、原型『レ・ミゼール』は、ちょうどこのY字だったそうです。
ユゴーが『レ・ミゼラブル』に書き換えた際、ここの地図を裏返し、道の名前を架空のものにしています。
つまり、『レ・ミゼラブル』では、右の道を進んだことになっていますが、写真で言うと左の道を進んだことになります。ややこしい(笑)
こちらにレ・ミゼラブルの
バルジャンの足取り
をまとめましたので、ご参照下さい。
ゴリオ爺さんの住んでいたのもちょうどここです。
現在は、おしゃれなレストランがあります。
トゥルヌフォール通り(Rue Tournefort)
左手の道(実際は右手)の先には、人影が見えた。
道の旧名は、ヌーヴ=サント=ジュヌヴィエーヴ通り。
『レ・ミゼラブル』の小説上では、ポスト通りピクピュス小路。
石畳の上り坂。自転車のお兄さんも大変そう。
ロモン通り(Rue Lhomond)
バルジャンはY字の右手の道を進んだ。
道を進むとT字路にあたり、右は行き止まり。
左は、人影がいた。
道の旧名は、ポスト通り。
小説上は、ポロンソ通りになっています。
ポ・ド・フェール通り(Rue du pot de fer)
行く手を失ったバルジャンは、塀をよじ登った。
そこは、プチ・ピュクピス修道院だった。
写真はトゥルヌフォール通り側から撮影しています。
修道院は左手にあったことになります
モンパルナス墓地
バルジャンは修道院を抜け出すために、死体と入れ替わって、棺桶に入り、ヴォージラール墓地に埋められた。
ヴォージラール墓地は廃止され現在はありません。
モンパルナス墓地に併合されました。
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