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地図と旅の手帳  

モーツァルトの調べに乗って
ウィーン 
       

 

シェーンブルン宮殿

シェーンブルン宮殿

 モーツァルトがマリア・テレジアの前で演奏した宮殿。
モーツァルトは、演奏後マリア・テレジアのお膝に飛び乗りお行儀よくキスをしたとレオポルドの手紙に書かれています。
モーツァルトが、マリー・アントワネットに求婚したエピソードも有名です。

 宮殿内にマリア・テレジアの婚礼晩餐会の絵画があります。
その招待客の中に幼いモーツァルトの姿が描かれています。
本当は、出席していなかったのですが、
絵が描かれたときには、モーツァルトの名前は知れ渡り、
絵画の中に登場したそうです。

内部撮影不可。

ウィーンのモーツァルト像

 モーツァルト像の中で最も有名な像。
ト音記号と一緒にモーツァルトを1枚の写真に収めるのはなかなか大変。
王宮庭園にあります。

ウィーンのモーツァルト像

ドイツ館
 

ドイツ(ドイチュ)館

 1781年3月16日〜5月2日までヴォルフガングがコロレド大司教、アルコ伯爵らとともに滞在したドイツ館。ここが息苦しくなり、ウェーバー一家の家に転がり込んだのは、ミュージカルにある通りです。
 地図にはたいてい、ドイツ騎士団教会と記載されています。
ステファン寺院の南を横切るジンガー通りにあります。

神の目館

 ドイツ館を出たモーツァルトは、ウェバー一家が営む神の目館に転がりこんだ。1781年5月2日〜9月まで滞在した。
建て替えられいるんで、モーツァルト時代の建物ではありません。
神の目館に相応しく玄関に目のレリーフがあります。

神の目館のレリーフ

神の目館

シュテファン寺院

シュテファン寺院

1782年8月4日
 ヴォルフガングとコンスタンツェはステファン寺院で結婚式を挙げました。

1791年12月6日
 ヴォルフガングの葬儀が執り行われましたが、そこにコンスタンツェの姿はありませんでした。

 プラター公園

 コンスタンツェと再会したプラター公園。
まあ、作り話ですが。
プラター公園といえば、この観覧車。
映画『第三の男』に出てきます。
とても広い公園で、絶叫マシン、森林公園、サイクリングロードなどがあります。
驚いたのは、メリーゴランドが本物の馬だったこと。

プラター公園

フィガロハウス

モーツァルトハウス・ウィーン

 
 1784年9月29日に、モーツァルト一家が、この家に引っ越してきました。
この家は『フィガロの結婚』を書いた家で、通称『フィガロ・ハウス』と呼ばれています。
ミュージカルでコンスタンツェが『フィガロの結婚』の成功のお祝いをしようと待ち浴びていたのはこの家のシーンです。
ブルク劇場跡

 『フィガロの結婚』1786年5月1日、『コシ・ファン・トゥテ』1790年の初演は、旧ブルク劇場でした。劇場は、王宮前のミヒャエル広場にありました。写真左側の建物の辺りがブルク劇場があった場所です。

旧ブルク劇場

新ブルク劇場

新ブルク劇場

 リング通り沿いにあります。
とても美しい劇場です。
が・・・巨大すぎて写真に収まらない。
グラーベン通り

 当時の建物は残っていません。写真の奥の建物の辺りだったようです。音楽ホールも兼ね備えていたそうですが、子どもが生まれ手狭になったために、モーツァルトハウス(通称フィガロハウス)に引っ越しています。
モーツァルトは、ウィーン市内だけで13回引越しました。
中央の塔はペスト記念柱です。
1686年に建てられたそうなので、モーツァルトが住んでいたときにもありました。

グラーベン通り

国立歌劇場

旧宮廷劇場

 現在の国立歌劇場。
1970年宮廷劇場で、モーツァルトのオペラ『コシ・ファン・トゥテ』が上演されました。

ホテル・ザッハー

 モーツァルト時代、宮廷劇場は現在のホテル・ザッハーの場所にありました。
フランツ・ヨーゼフ時代にリンク通りができて、リンクどおりに面するように、前に出たのです。
宮廷劇場の跡に、ザッハー。ブルク劇場の跡にデメルがあるんです。こんなところでも、2店はライバル。

ホテル・ザッハー 

シェーンブルンの温室
シェーンブルンのオランジェリー

 1786年2月7日、シェーンブルンの一角にあるオランジェリーでサリエリはオペラを、モーツァルトは3日間で完成させた『劇場支配人』を演奏した。
パルフィー伯爵邸

 王宮のすぐ近く。
1786年、パルフィー伯爵邸の大広間で、『フィガロの結婚』が試演された。その建物は、現在も残っています。現在は、モーツァルトコンサートが開かれていて、誰も気軽にモーツァルトを楽しむことができます。
パルフィー伯爵邸

アン・ディア・ウィーン劇場

アン・ディア・ウィーン劇場

 『魔笛』が初演されれたシカネーダの劇場。
ヴォルフガングの時代から移転しています。
ミュージカル『モーツァルト!』が上演されたのもこちらです。

 パパゲーノの像

 魔笛の台本を書き、自らパパゲーノ役で出演し、
劇場の持ち主であったシカネーダ。
彼はパパゲーノの姿で劇場を見守っています。
場所は、劇場の正面ではなく横です。

パパゲーノ像(拡大)


パパゲーノの像  

ペーター教会

ペーター教会

 モーツァルトの子どもが洗礼を受けた教会です。
またモーツァルトの臨終の際、コンスタンツェの妹のゾフィーが司祭を呼びに行ったが、モーツァルトがフリーメイソンであることを理由に、来て貰えなかったと言うことです。

クライネカイザーハウス

 モーツァルトは、最後の『レクイエム』を描き終えぬまま、この家で亡くなりました。
クライネカイザーハウス
ステファン寺院
十字架像小聖堂

 ステファン寺院の外の北側にある小さな部屋から、モーツァルトの遺体を乗せた馬車が、墓地へと向かって出ていきました。
ここでモーツァルトの葬儀が行われたと言われています。
キリストの足の下に、モーツァルトの葬儀を行ったことを示すプレートがあります。

下に扉が開いていますが、これはカタコンベの出口。

モーツァルトのプレート
十字架小聖堂

 モーツァルトの葬儀が行われた場所には諸説あり、上記の外ではなく、シュテファン寺院内部の十字架小聖堂が有力されています。

 葬儀に、コンスタンツェは立ち会わず、サリエリが参列しました。
シュテファン寺院
モーツァルトの墓
モーツァルトの墓

 モーツァルトは、ザンクト・マルクス墓地に埋葬されました。共同墓地に埋葬され、墓石も建てなかったために、遺骨は見つからないままとなっています。
現在は墓石がありますが、そこにモーツァルトは眠っていません。



国立オペラ座

パリオペラ座

 
ウィーンの国立オペラ座にあるモーツァルト像 パリのオペラ・ガルニエのモーツァルト像

 

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