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モーツァルトの調べにのって
      フランス

ヴェルサイユ宮殿

ヴェルサイユ宮殿
 1963年のクリスマス・イブ、モーツァルト一家がヴェルサイユ宮殿を訪れました。
ヴェルサイユ宮殿内の礼拝堂

ヴェルサイユ宮殿内の礼拝堂

 ヴォルフガングは、滞在の間毎日この王室礼拝堂に通ったと言うことです。
ヴォルフガングが訪れた7年後、ここは、ルイ16世とマリー・アントワネットの結婚式が行われました。
礼拝堂内には入ることができません。

ボーヴェ館

ボーヴェ館
 1763年 モーツァルト一家が滞在した館。
バイエルン大使ヴァン・アイク伯爵の持ち物でした。
パリの重要文化財となっています。
ボーヴェ館の玄関

ボーヴェ館の玄関

 ボーヴェ館の内部は公開されていません。
中庭のようになっている玄関部分にまでは入ることができます。
(玄関のところに、管理人さんがいらっしゃいます)
入って直ぐ左手の壁に、ヴォルフガングが滞在したことを示す碑があります。

チュイルリー公園

チュイルリー公園

チュイルリー宮殿跡地

 かつてはここにチュイルリー宮殿がありました。
ヴォルフガングは、チュイルリー宮殿内で『パリ交響曲』を演奏し、成功を収めました

パレ・ロワイヤル

パレ・ロワイヤル
 ヴォルフガングの日記で、『パリ交響曲』の成功した後、パレ・ロワイヤルのカフェでアイスクリームを食べたと書かれています。
三銃士で有吊なリシュリュー枢機卿が建てた館で、ヴォルフガングが訪れたときはオルレアン公が所有していました。
民衆に開かれ、アケード街の店はにぎわっていたそうですが、現在は静かな場所です。
現在も、いくつかカフェがあります。

ヴォージュ広場

ヴォージュ広場
 モーツァルトは、このヴォージュ広場の館に住む貴族から演奏の依頼があったが、暖房もない部屋で何時間も待たされた挙句、貴族たちは絵を描くのに夢中で、演奏してもモーツァルトには目もくれなかったという。

サン・トゥスタシュ教会

サン・トゥスタシュ教会
母親のの葬式が行われた教会。
ゴシック建築の大きな教会で、パリの中心部に位置しますどこに埋葬されたのかは分かっていません。 その後、サン・トゥスタシュ教会に埋葬された遺骨はパリのカタコンブに移動されたので、カタコンブのどこかに眠っています。
(通りがかった時に撮影したので、後ろ姿です・・・)

デピネイ館

デピネイ館
 パリで母親が亡くなった後、ヴォルフガングが滞在した館。
現在建物は残っていません。
オペラ・ガルニエの横のあたりが、デピネイ館があったところです。
当時は、オペラ・ガルニエもありませんでした。

コメディ・フランセーズ

コメディ・フランセーズ

旧パリ・オペラ座

 1778年、モーツァルトはバレエ音楽『パントマイム』を作曲。パリ・オペラ座で上演しています。
当時のオペラ座は、現在コメディ・フランセーズになっています。

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